県議選不出馬にあたってのご挨拶

2022年10月12日


 昭和42年の初当選を含め、14回の県議選を戦い、お陰さまで14回連続当選させていただきました。長い間ご支援いただいた皆さま方には、心からの感謝を申し上げます。昭和42年の当選組には元参議院議員の青木幹雄さん、昨年亡くなられた元県議の浅野俊雄さんがおられ、共に県民のため、市民のためにと切磋琢磨したものです。

 来春の選挙に出馬しないと決めた今、これまでの事を思い出し、改めて自分の議員としての役割は何だったのか?と、自問自答しております。田部、伊達、恒松、澄田、溝口、そして現在の丸山知事、これら6人の知事と時代を共有させてもらい、それぞれに色々な思い出があります。

 この間、沢山仕事をさせていただきましたが、私の役割は、常に調整役だった様な気がしております。知事及び県の執行部と県議会、県と中央の役所、県と松江市、県議会内部、などなど。平成になって松江市と近隣の町村との大合併が行われましたが、鹿島町との合併では、原発問題をライフワークとしていた私は、原発立地町の鹿島町と松江市は合併すべきとの考えから、松浦市長と青山町長の間に入り、何度も会合を重ねて合併を実現させた事を思い出します。青山善太郎町長とは松江高校の同期生として今でも親しくお付き合いいただいております。

 思い出多い仕事として、平成27年の松江城国宝化があります。選挙の公約の一つにしておりましたので、長年の念願が叶ったことを市民の皆さんと一緒に喜びました。そしてもう一つ、国宝松江城マラソンを実現させた事であります。長い間、県陸協の会長をつとめ、スポーツの力で地方創生を....と言って参りましたので平成30年の冬、スタートの号砲を聞いた時の感激は忘れられません。このマラソン大会が松江市の冬の行事として根付いてくれる事を切に願っております。

 長い年月には喜ばしい事ばかりではありませんでしたが、周りの皆さまのお陰でつつがない議員生活を送らせて頂きました。84才と8ヶ月になりそろそろ肩の荷を下ろす時が近づいて来ました。残すところ半年あまり、来年4月末までの任期中は、議員としてのつとめを精一杯果たして参ります。後は若い人たちに希望を持って託したいと思います。